二章[二章]僕は「彼女に何があったのだろう」とつぶやくと、森本は「失礼だと思ったのですが僕、調べてみたのです。 別に美容院で他人とうまくいかなかったという事もなかったし、元々生真面目な方でしたから、指名客も結構あって、 あんな風に仕事ができたらいいなあ、と羨ましがられていたようです。 ところが2年ほど前に長年付き合ってきた幼な馴染みから何かされたようで、それが原因でノイローゼのようになったらしいです。 嫉妬によるものだったようですね。美容室のオーナーがそう言いました」 僕は「へえ、そんな事でノイローゼにねえ」と答えたのだが、森本は「仕事なんかの嫉妬ではなく、高校時代の事をずうっと根に持たれていたようです」と 異様な事を言った。 「高校時代の事」と尋ねる僕に「彼女は静かな女の子で、男の子から見ると何故か守ってやりたくなる雰囲気でしたから、 よく男の子から手紙を貰ったり、誘われたりしていたようです。僕が見ていてもかわいそうなくらい逃げ回っていました」と言うので 「逃げ回っていた。 信じられない。 僕の知っている久江はしつこい男には平気で平手打ちをかますような所がありました。 実際、何度か見た事がありますよ。男は皆、怖がっていましたよ」と言うと森本は「僕の方こそ信じられません」と言った。 「僕は小学校から中学、高校と一緒でしたがシクシクとよく泣く女の子でしたよ。 僕が泣いたらダメだよ、泣いたら余計いじめられるよ、と言うと後ろ向きになって壁に額を押し当てて声を殺して泣くのですよ。 そんなあの子がいじらしくて僕はよくかばいました。 僕がかばうと今度は女の子がいじめるのです。 どっちへ転んでもいじめられていましてね、彼女は」 僕は別人の話を聞いているようだった。 「僕の知っている久江は何でもハッキリ言う人で僕の方が憧れていました。 あんな風にイエス、ノー、がハッキリ言えてそれでいて他人を怒らせない人はいませんでした」 「ところで、梶さんと彼女はどこで知り合われたのですか」 「僕も、もともとA市にいたのです。若い頃、市民コーラスをしていましてそこへ彼女も友達と来ていました。 そう言えばあの頃はおとなしかったなあ。 じきに来なくなってどうしたのかと思っていたのですが、あなたとお付き合いをしていたのですか」 すると森本は「いえ、付き合ってはいませんでした。 ただ、何も言えなくて逃げ回っているだけの彼女がかわいそうでかばっているうちに何かあると僕の所へ泣いて来るようになっただけです。 遊びに行ったり、二人で何かしたりという事はただの一度もありません。 久江が中庭で女の子に囲まれていたり、男の子にからまれていたりすると誰かが僕を呼びに来るようになって・・・・・。 それで周りは僕と彼女はカップルだと言っていたようです」 「そうですか。そんなかわいい時もあったのですねえ」 「梶さん、彼女はどこで性格が変わったのでしょうねぇ」と森本が言うので、僕はそんな事知るか、と思いながら余りに違い過ぎる 二人の印象に別の久江の話をしているように思った。 しかし共通の部分もあってやはり僕達は小山久江の話をしているのに違いなかった。 時計を見ると5時半を指していたので僕は「森本さん、ちょっと早いですが夕飯でも食べに行きませんか」と誘った。 「そうですね、行きましょうか。僕はついでなのでもっと彼女の事を聞かせて頂きたいと思っているのですが、よろしいでしょうか」と森本は言った。 僕も僕の知らない久江を知りたくなったので「いいですよ、僕も僕の知らない久江を教えて欲しいと思います。 帰りに酒と肴も買ってきましょう」と言うと森本は嬉しそうに目を細めて「いいですねえ。 今夜は供養のつもりで飲みましょう。 僕、明日は休みなんです。ところで梶さんの方はいいのですか」と言うので「何がですか」と聞き返した。 「いや、ご家族の方は迷惑されませんか」と気を遣っているらしい。 「僕は独りですよ。それより森本さんの方こそ帰らなかったらご心配されませんか」と言うと 「いや、僕も独り者でして、母親がいるだけの家です」と言った。 僕はそれには答えないで「田舎なものですから、ちょっと走りますがよろしいですか」と聞いたら 「任せます」と森本は答えた。 三章へ ジャンル別一覧
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